「菜の花」

 

菜の花は他の草花より一足先に深い眠りから目覚め、私達に春の訪れを知らせてくれます。そして、鮮やかな黄色い花は見る者の心を明るくし、安らぎに満ちた幸せな気持ちにしてくれます。

一方で、兵庫県出身の細見綾子ほそみあやこ(一九〇七~一九九七)は、人生の辛い時に次のように詠いました。

 菜の花が しあはせさうに 黄色して

作者は早くに父と死別し、二十二歳の若さで夫と母親まで亡くし、自身は病により長く孤独な闘病生活を送っていました。そのような辛い時期に心地良い春風に揺れる菜の花が、当時二十八歳の作者の瞳にはとても眩しく映ったのでしょう。

「あぁ私の境遇とは違い、菜の花たちはなんと幸せそうなのだろう」と、心なしか羨望の眼差しで眺めたのかもしれません。

あまりにも羨望の念が大きくなると、時に自分自身を迷わせ苦しめるものとなります。しかし、厳しい寒さに耐え、鮮やかな花を咲かせる菜の花のように、辛い逆境を乗り越えてきた作者は、後に多くの人々の琴線に触れる俳句を生み出す俳人となりました。

私たちは困難に立たされた時、うらやみやねたみの念を抱くでしょう。そのような状況になっても現実をしっかりと受け止め、その困難に立ち向かう強い心を持つことが大切です。菜の花のように人の心を明るく、穏やかにできるように心がけていきたいものです。