戊戌開封法令

戊戌ぼじゅつの年

「平成30年 御開扉」まで

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平成30年「勅封般若心経戊戌開封法会」予定

 

秘鍵大師全国ご巡錫日程

戊戌だより

有栖川宮慈性親王様の墓所参拝

 年が改まり天皇皇后両陛下をはじめ、東宮御所、各宮家のご機嫌をお伺いする宮中天機奉伺に、1月18日、黒沢全紹門跡猊下、草津栄晋総務部長が参内しました。
大覚寺顧問の戸枝明氏とともに、午前9時30分から皇居、東宮御所、各宮家、宮内庁に参内して新年のご挨拶を行い、修正会で祈願した護符、ご祈祷札と御供物を献上しました。その後、寛永寺内にある大覚寺最後の宮門跡であられた有栖川宮慈性親王様の墓所を参拝し、帰途に就きました。

 有栖川宮慈性親王様は、嵯峨天皇様をはじめ歴代天皇様の勅封心経を奉安する心経殿の建立を願われながら慶応3年12月7日薨去なされた大覚寺最後の宮門跡であられます。平成29年の4月7日には、有栖川宮慈性親王様の月御命日にちなんで御忌法会を執行させていただきます。ご法会は大覚寺門跡猊下を御導師として、嵯峨御流による花手前・供花などと共に雅な中にも厳粛に執行されます。

 

『蓮華殿』天井絵「華曼荼羅」の制作風景!

『蓮華殿』天井絵「華曼荼羅」の制作風景です。

写真の女性は、ロシアから社会人特別研究生として学んでいる留学生のレビナ・アンナさんです。

華曼荼羅が着々と進んでいる様子を見ると完成が待ち遠しいです。

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「新嵯峨野物語」第二十三話紹介

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「新嵯峨野物語」第二十三話が、月刊「嵯峨」2月号に掲載されました。

冒頭一部をご紹介致します。

第二十三話 「運命の扉開く時」

天長七年(八三〇)も半ばを過ぎるころのことです。前年から天候が不安定なことが多く、淳和帝はその影響を受ける事態に耐えながら、何とか百姓の苦難を和らげようとして、神泉苑において五穀豊穣の相撲を行わせました。しかしその最中の申の刻(午後四時ごろ)に、雷雨があったかと思うと、酉の刻(午後六時ごろ)には内裏西北の女官の使う部屋に落雷があって、左右近衛が騎乗して駆け付けて神火を消し止めなくてはなりませんでした。今上は戌の刻(午後八時ごろ)にやっと雷鳴は止んで宮中へ戻られるのですが、天候は安定しないばかりか地震まで連続するようになるのです。

続きは月刊「嵯峨」2月号にて掲載しております。

月刊「嵯峨」の詳細はこちらから。

明智門 保存修理工事経過報告(H29.1.10)

あけましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願いします。

明智門保存修理工事も終盤に入り、着々と風格ある明智門に戻っております。

また、ご奉納いただいた瓦も全て葺かせていただきました。深く感謝申し上げます。

今後ともご高配のほどよろしくお願い申し上げます。

                            合 掌

 

・屋根瓦が敷かれました。

・左官工事も進んでおります。

・なまこ壁の損傷部分も修復されました。

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「新嵯峨野物語」第二十二話紹介

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「新嵯峨野物語」第二十二話が、月刊「嵯峨」1月号に掲載されました。

冒頭一部をご紹介致します。

第二十二話 「太上天皇、菊ヶ島幻想」

天長四年(八二七)正月のことです。
淳和帝は体調が優れず朝賀の儀を取りやめてしまわれましたが、陰陽寮が占ってみたところ、稲荷山の祟りだというのです。空海が東寺の塔を建立する時に、稲荷山の木を切らせたことが原因だと言います。今上は直ちに大中臣雄良を送って、それまで秦氏の私社であった稲荷神に従五位下を与え、神として遇することにすると同時に、実りを約束するといわれる、荼吉尼天を祀る稲荷神社を東寺の守護神として迎えたのです(類聚国史)。そしてさらに朝廷は、怨霊の原点となりやすい霊を祀っている、飛鳥の川原寺などに経を捧げたりして二月を迎えました。宮中での騒ぎの原因になっていた真名井内親王のことも、ようやく口に出す者もなくなっていたということもありましたので、今上は正子内親王を正式に皇后と決めて落ち着かれました。

続きは月刊「嵯峨」1月号にて掲載しております。

月刊「嵯峨」の詳細はこちらから。

戊戌開封法令

平成30年

嵯峨天皇宸翰 勅封般若心経1200年

戊戌開封法会厳修

いけばな嵯峨御流創流1200年

旧嵯峨御所大本山大覚寺門は真言宗大覚寺派の本山。歴代天皇もしくは皇統の方が住職を勤めた格式高い門跡寺院。
1200年前に嵯峨天皇御自ら写経された般若心経を60年に1度開封する戊戌法令。

また、いけばな嵯峨御流の発祥地であり、創流1200年を迎える「華道嵯峨御流」の家元でもある。

 

戊戌の年「平成30年」まで

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黒沢全紹大僧正猊下

門跡猊下ご垂示

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服部精村僧正

宗務総長ご挨拶

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伊勢俊雄僧正

委員長ご挨拶

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広く人々の平安のために、
そして私たち一人ひとりの心の安心のために

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