大沢池エリアのご案内

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大沢池地図
大沢池

 

大沢池
◇おおさわのいけ◇

大覚寺の東に位置し、周囲約1kmの日本最古の人工の林泉(林や泉水などのある庭園)。
嵯峨天皇が離宮嵯峨院の造営にあたって、唐(中国)の洞庭湖を模して造られたところから、庭湖とも呼ばれる。当時は最先端の文化の発信地となった。
池のほとりには、茶室望雲亭、心経宝塔、石仏、名古曽の滝跡があり、国指定の名勝地になっている。

心経宝塔

 

心経宝塔
◇しんぎょうほうとう◇

昭和42年(1967)、嵯峨天皇心経写経1150年を記念して建立される。基壇内部に「如意宝珠」を納めた真珠の小塔を安置する。宝塔内部には秘鍵(弘法)大師尊像を祀る。
大沢池のほとりに位置し、嵯峨野の四季の風景にとけあった朱塗りの端正な姿が美しい。

名古曽の滝跡

 

名古曽の滝跡
◇なこそのたきあと◇

離宮嵯峨院時代の滝殿庭園内に設けられたもので、『今昔物語』では百済川成が作庭したものと伝えられる。
小倉百人一首の55番「滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ」(大納言公任)の歌で知られる。
平成6年からの奈良国立文化財研究所による発掘調査で、中世の遣水が発見され、現在の様相に復元された。

天神島・菊ヶ島・庭湖石

 

天神島・菊ヶ島・庭湖石
◇てんじんじま・きくがしま・ていこせき◇

平安時代の初め、嵯峨天皇が菊ヶ島に咲く菊を手折り、花瓶に挿された。これがいけばな嵯峨御流の始まりであり、いけばな発祥の地とされている。
菊ヶ島と天神島に庭湖石を加えた二島一石の景色を「景色いけ」として伝えている。
また天神島には、菅原道真公をお祀りしている。

五社明神

 

五社明神
◇ごしゃみょうじん◇

伊勢外宮 豊受皇大神
伊勢内宮 天照皇大神
八幡宮  應神天皇
春日宮  天津兒屋根命
住吉宮  底筒男命 表筒男命
     中筒男命 神功皇后
離宮嵯峨院の鎮守であり、弘法大師が勧請したと伝えられる。

閼伽堂

 

閼伽堂
◇あかどう◇

約一二〇〇年前、大覚寺の前身「離宮嵯峨院」時代、嵯峨天皇の命で弘法大師が建立した持仏堂「五覚院」の閼伽井として、弘法大師が自ら掘られた井戸である。
仏に供える神聖な浄水を汲む。

大日堂

 

大日堂
◇だいにちどう◇

大覚寺門跡が、明治初頭まで兼帯していた安井門跡蓮華光院が管理していた、洛東の岩倉山真性寺が廃寺となる際に移築されたもの。
正面を入母屋造とし、内陣は六角堂となっている。
石造の大日如来坐像(江戸時代)を祀る。

聖天堂

 

聖天堂
◇しょうてんどう◇

当初は、望雲亭西側に建っていたが、昭和三十七年頃に現在地に移築。
宝形造であり、歓喜天・十一面観世音菩薩を祀る。

石仏群

 

石仏群
◇せきぶつぐん◇

大沢池の北岸、樹木に蔽われた傍らに20基を超える如来や菩薩の石仏がひっそりと佇んでいる。これらの石仏群は長年の風雪で表情はうかがい知れないが、古いもので平安時代後期の作と伝えられている。

望雲亭

 

望雲亭
◇ぼううんてい◇

嵯峨天皇から高野山に帰山する弘法大師に贈られた詩「道俗相分かれ数年を経たり、今秋晤語するも亦良縁なり、香茶酌みやみて日ここに暮れる、 稽首して離れを傷み雲煙を望む」より望雲の2字をとって命名された。現在の建物は、裏千家の設計により昭和50年「寺号勅許1100年」の記念事業として再建された。

現在は不定期で、お茶会を開催しております。
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華道祭

 

年間行事 4月中旬に開催

いけばな嵯峨御流最大の祭典
「嵯峨天皇奉献 華道祭」

数多くのいけばなを展示する華展をはじめ、大沢池の「龍頭鷁首舟(りゅうとうげきすせん)」、献華式やお茶席、各種法会などが、優雅なたたずまいのなか平安絵巻さながらに繰り広げられます。

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観月の夕べ

 

年間行事 中秋に開催

空と池に浮かぶ煌き
「観月の夕べ」

嵯峨天皇が舟を大沢池に浮かべ、文化人・貴族の方々と中秋の名月を賞でられたことから始まった「観月の夕べ」。
空を見上げれば煌々と、目を落とせば静かな水面に映る月。この2つの月が見られる風雅な時間をぜひご堪能ください。

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