お堂エリアのご案内

Precincts

境内図
宸殿

①宸殿
◇しんでん◇

江戸時代、後水尾天皇より下賜された寝殿造りの建物。
天皇に入内された徳川2代将軍秀忠の娘、東福門院和子が、女御御殿の宸殿として使用していたもの。妻飾り、破風板、天井などに装飾がこらされている。廊下・広縁はすべてうぐいす張りとなっている。

心経前殿

②心経前殿
◇しんぎょうぜんでん◇

大正14年建造。大正天皇ご即位に際し建てられた饗宴殿を式後賜り移築したもの。心経殿の前殿であり、内陣正面は心経殿を拝するため開けてある。内陣左右に嵯峨天皇、秘鍵大師(弘法大師)、後宇多法皇、恒寂入道親王など大覚寺の歴史に大きな役割を果たされた方々の尊像を安置する。御影堂(みえどう)とも呼ばれる。

正寝殿

③正寝殿【通常非公開】
◇しょうしんでん◇

12の部屋をもつ書院造り。南北に3列の部屋が配置され、東列は、「剣璽の間」「御冠の間」「紅葉の間」「竹の間」、中央列は、「雪の間」「鷹の間」、西列は「山水の間」「聖人の間」を並べ、その南と東に狭屋の間を配置する。上段の間は後宇多法皇が院政を執った部屋で、執務の際は御冠を傍らに置いたことから、「御冠の間」と呼ばれている。南北朝媾和会議が、ここで行われたと伝わる。

五大堂

④五大堂
◇ごだいどう◇

江戸時代中期(天明年間)創建。現在の大覚寺の本堂。不動明王を中心とする五大明王を安置する。大沢池のほとりに位置し、正面5間、側面5間。正面には吹き抜けの広縁がある。大沢池に面する東面には、池に張り出すように広いぬれ縁(観月台)があり、大沢池の眺望がすばらしい。
正面中央は双折桟唐戸、両脇各2間は蔀戸となっている。

村雨の廊下

⑤村雨の廊下
◇むらさめのろうか◇

諸堂を結ぶこの回廊は、縦の柱を雨、直角に折れ曲がっている回廊を稲光にたとえ、「村雨の廊下」と呼ばれる。天井は刀や槍を振り上げられないように低く造られ、床は鴬張りとなっている。

勅封心経殿

⑥勅封心経殿
◇ちょくふうしんぎょうでん◇

大正14年、法隆寺の夢殿を模して再建。殿内には嵯峨天皇をはじめ、後光厳、後花園、後奈良、正親町、光格天皇の勅封心経を奉安し、薬師如来像が奉伺されている。

勅使門

⑦勅使門
◇ちょくしもん◇

嘉永年間(1848~54)の再建。門は四脚門とし、屋根は切妻造り、正面および背面に軒唐破風を付け、全体は素木造りだが唐破風の部分のみ漆を塗り、金鍍金の飾り装飾を施している。

安井堂天井雲龍図

⑧安井堂
◇やすいどう◇

京都東山にあった安井門跡蓮華光院の御影堂を、明治4年(1871)に移築。堂内部は、内陣の格天井鏡板に花鳥などを描き、その奥の内々陣の折上の鏡天井に、壮麗な雲龍が描かれている天井雲龍図(てんじょううんりゅうず)がある。

宸殿

宸殿
◇しんでん◇

江戸時代、後水尾天皇より下賜された寝殿造りの建物。
天皇に入内された徳川2代将軍秀忠の娘、東福門院和子が、女御御殿の宸殿として使用していたもの。
妻飾り(つまかざり)、破風板(はふいた)、天井などに装飾がこらされている。
正面には御所の名残りとして右近の橘、左近の梅を配す。
蔀戸(しとみど)の蝉の飾りは精巧な作りとなっている。

心経前殿

心経前殿(御影堂)
◇しんぎょうぜんでん◇

大正14年(1925)建造。
大正天皇ご即位に際し建てられた饗宴殿(きょうえんでん)を式後賜り移築したもの。
心経殿の前殿にあたるため「心経前殿」と呼ばれ、内陣正面は心経殿を拝するため開いている。
大覚寺の歴史上特に重要な嵯峨天皇、弘法大師(秘鍵大師)、後宇多法皇、恒寂入道親王の尊像をお祀りするため「御影堂」とも呼ばれる。

五大堂

五大堂(本堂)
◇ごだいどう◇

江戸時代中期(天明年間)創建。
現在の大覚寺の本堂。
不動明王を中心とする五大明王を祀る。
大沢池のほとりに位置し、正面中央は板唐戸(いたからど)、両脇各2間は蔀戸となっている。
大沢池に面する東面には池に張り出すように観月台(濡れ縁)があり、大沢池の眺望がすばらしく、大沢池エリアへの共通参拝口もある。

勅封心経殿

勅封心経殿
◇ちょくふうしんぎょうでん◇

大正14年(1925)、法隆寺の夢殿を模して再建。
殿内には嵯峨天皇をはじめ、後光厳天皇、後花園天皇、後奈良天皇、正親町天皇、光格天皇の宸翰勅封般若心経を奉安し、薬師如来像が祀られている。

勅使門

勅使門
◇ちょくしもん◇

嘉永年間(1848~54)の再建。
門は四脚門(しきゃくもん)とし、屋根は切妻(きりづま)造り、正面および背面に軒唐破風(のきからはふ)を付け、全体は素木(しらき)造りだが唐破風の部分のみ漆を塗り、鍍金(ときん)の飾り装飾を施している。
勅使のご来山や門跡猊下出仕の晴れの法会など特別な時のみ開かれる。

村雨の廊下

村雨の廊下
◇むらさめのろうか◇

宸殿と心経前殿を結ぶ回廊は、縦の柱を雨、直角に折れ曲がっている回廊を稲光(いなびかり)にたとえ「村雨の廊下」と呼ばれる。
高貴な人が通られる際の防犯の意味で、天井は刀や槍を振り上げられないように低く造られている。
床は鴬(うぐいす)張りとなっている。

安井堂天井雲龍図

安井堂(御霊殿)
◇やすいどう◇

京都東山にあった安井門跡蓮華光院の御影堂を、明治4年(1871)に移築。
堂内部は、内陣の格天井鏡板(ごうてんじょうかがみいた)に花鳥などを描き、その奥の内々陣の折上(おりあげ)の鏡天井に壮麗な雲龍が描かれている。
中央には鳳輦(ほうれん)に坐す僧形の後水尾天皇を祀る。

正寝殿

正寝殿【通常非公開】
◇しょうしんでん◇

12の部屋をもつ書院造り。南北に3列の部屋が配置され、東列は、「剣璽の間」「御冠の間」「紅葉の間」「竹の間」、中央列は、「雪の間」「鷹の間」、西列は「山水の間」「聖人の間」を並べ、その南と東に狭屋の間を配置する。上段の間は後宇多法皇が院政を執った部屋で、執務の際は御冠を傍らに置いたことから、「御冠の間」と呼ばれている。南北朝媾和会議が、ここで行われたと伝わる。

秩父宮御殿

秩父宮御殿【通常非公開】
◇ちちぶのみやごてん◇

大正天皇によって東宮仮御所であった霞ヶ関離宮に建てられていた貴賓館。同建物は、大正14年に 解体されたが、昭和16年に秩父宮邸の日本館として再建された。昭和46年、勅許1100年記念に際し、 秩父宮家よりご下賜された。移築・復元は宮内庁が担当し、完璧を期して復元され、竣工式には 秩父宮妃殿下のご来臨をいただき、ご見分たまわった建物である。

庭湖館

庭湖館【通常非公開】
◇ていこかん◇

江戸中期に建てられた大沢池畔にあった休憩所で、明治元年、現在地に移築されました。上段の間には、江戸時代の名僧慈雲尊者の大幅掛軸「六大無礙常瑜伽」が掛かっており「六大の間」と呼ばれています。

霊宝館

 

年間行事 春季・秋季に開催

貴重な文化財の展覧会
「名宝展」

旧嵯峨御所大覚寺に伝わる平安時代(重文・明円作)、鎌倉・室町時代(重文含む)の2組の五大明王像をはじめとする寺宝の数々を年2回、テーマを定めて霊宝館で展示する。

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嵯峨菊展

 

年間行事 11月に開催

秋を彩る大覚寺の風物詩
「嵯峨菊展」

嵯峨菊は嵯峨天皇の御代、大沢池の菊ヶ島に自生していた嵯峨野独特の野菊。様々な風情ある嵯峨菊を、大覚寺お堂エリアの中で一般公開しております。

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