般若心経秘鍵に学ぶ~⑨~

平成三十年に、大覚寺ご始祖(しそ)嵯峨(さが)天皇さまが、国民の安寧(あんねい)を祈願(きがん)して浄写(じょうしゃ)された勅封(ちょくふう)般若心経千二百年の節目を迎(むか)えるにあたり、般若心経の功徳(くどく)を讃(たた)え、その霊験(れいげん)を仰(あお)ぐべく、前号に引き続きましてお大師さまの著作(ちょさく)である『般若心経秘鍵』のお言葉に触れていきたいと思います。

 私たちは、神社(じんじゃ)仏閣(ぶっかく)に参拝して賽銭(さいせん)をあげお願い事をすれば何かいいことがあるだろうと、ついつい思ってしまいます。通常社会で使われる利益とは、儲(もう)けや得(とく)を意味する「りえき」と読みますが、仏教では「りやく」と読みます。仏教では利益を、仏(ほとけ)さまの教えに従うことによって得られる幸福(こうふく)、恩恵(おんけい)と説きます。そのような利益を信じて私たちは、数ある経典のなかでも最も身近なお経として知られている般若心経を読誦(どくじゅ)、写経していることでしょう。では、いったい般若心経によって得られる利益とは何なのでしょうか。

 お大師さまは『般若心経秘鍵』の中の詩文(しぶん)で、その答えを次のようにご教示(きょうじ)しておられます。

 

~行人(ぎょうにん)の数(かず)は是(こ)れ七つ 重二(じゅうに)彼(か)之(の)法(ほう)なり 円(えん)寂(じゃく)と菩提(ぼだい)と 正依(しょうえ)何事(なにごと)か乏(とぼ)しからん~

 

 この詩文で、お大師さまは「修行(しゅぎょう)をする人の数は七人いる。また、発心(ほっしん)と修行と悟りと涅槃(ねはん)という四つの法(ほう)がある。円寂すなわち涅槃と、菩提すなわち悟りは、万徳を備えていて何も欠けているところがない」と申されています。

 お大師さまはこの詩文の一節目で、修行をする人は七人いると申されています。今の時代において仏教各宗派はたくさんありますが、ここでいう七人とは、お大師さまの時代(平安時代)の仏教の七つの宗派を指しています。山の頂上(悟り)を目指すにあたって、各宗派の道は違っても、同じ悟りを目指す修行者であるということです。

修行をする人というと、僧侶の修行として滝に打たれている姿や、山中に入って回(かい)峰(ほう)行(ぎょう)をしている姿を思い浮かべる方が多いと思いますが、昔から行(おこ)なわれている修行の一つに、四国八十八ヵ所霊場巡(めぐ)りがあります。老若(ろうにゃく)男女(なんにょ)、宗派や宗旨(しゅうし)に関係なく、お大師さまの足跡(そくせき)を辿(たど)り各霊場を巡っていくこれも立派な修行であります。このように霊場を巡る修行者をお遍路(へんろ)さんと呼んでいますが、お遍路さんは、皆きっと色々な願いをもって巡っていることだと思いますが、お大師さまのおこころに触れるにしたがって、その願いは自他共に幸せになりたいということになるでしょう。お遍路さんに限らず私たちは、日々の暮らしのなかで、この地球上の全ての人々がいかに心豊かに生活できるだろうかということを願って生きています。そのような意味において、私たちは皆、自分の幸せだけでなく人々の幸せを願う、つまり仏さまの境地を目指す修行者ということができます。

また次にお大師さまは、四つの法について申されています。四つの法とは、仏さまの教えであり、修行をして悟りを目指す過程のことです。一つ目の発心(ほっしん)とは、悟り(菩提)を求める心を起こすことです。誰もが持っているこの菩提心を出発点として、次に修行の段階に移ります。修行とは、悟りを求めて努力精進することです。その次の悟りとは、修行の結果として、心が癒(いや)された状態で、自分の幸せだけでなく他人の幸せを願い喜べる心境をいいます。最後の涅槃とは、インドの梵語(ぼんご)「ニルヴァーナ」の音(おん)写(しゃ)で火を吹き消すことを意味し、さまざまな苦しみが取り除かれた、悟りを求めて歩んできた道程の終着点のことをいいます。

お大師さまは、「人」と「法」という二語に般若心経のご利益を凝縮(ぎょうしゅく)してお説きになっておられます。

以前、筆者が大覚寺に奉職(ほうしょく)させていただいていたときに、小学校高学年くらいの少年が般若心経の写経を体験しに来られました。たいてい写経に要する時間は四〇分~一時間くらいなのですが、この少年は、四時間をかけて丁寧(ていねい)にゆっくりと、手首も痛くなっていたことでしょうが、一心(いっしん)にお写経をいたしました。そして、写経を終えたとき、その少年は満面の笑顔で筆者に対して「やっと終わった。これで皆が幸せになれる!」と言いました。

このときの少年は、お大師さまの申される「人」という修行者であり、「法」という自他共に幸せでありたいと願う修行とその成果を実践(じっせん)して般若心経のご利益を体得(たいとく)したのであります。「これでみなが幸せになれる!」―この少年の言葉ほど般若心経のご利益を如実に語っているものはないのではないでしょうか。(つづく)