「文殊の利剣」

 

新しい一年が始まり大覚寺においても国の安穏、皆さんのご多幸を願って祈りが捧げられていますが、平素お勤めをしている心経前殿に秘鍵ひけん大師と呼ばれるお大師さまの異形像がお祀りされています。

その昔、京の都で病が流行したとき、嵯峨天皇さまがお大師さまに勧められて般若心経の写経をなされました。その効験はあらたかに顕れて都に平安がおとずれたとされています。その時、お大師さまが般若心経の功徳についてのお話をされたところ、右手の五鈷杵ごこしょが文殊菩薩の持ち物である智慧の剣に変わり、お身体より金色の光が発せられたと伝わります。この説話が秘鍵大師のお姿のはじまりとされ、舞台となった大覚寺にそのお像が祀られているのです。

お大師さまの著書である『般若心経秘鍵』の冒頭に「文殊の利剣は諸戯しょけを絶つ」とありますが、智慧の象徴である文殊菩薩はその剣で諸々の執着や煩悩を断ち切るようにあらゆる事の善悪を見極めて説法し続け、誰彼問わずに大きな慈悲によって救いの手を差し伸べて私たちを導いてくださっています。

現代においては様々な情報が氾濫し、各人の価値観が多様化しています。そのために煩悩にまとわれた心は個人的な関心ごとに執着して他人との関わりを避けることによって孤立し、善悪を見極めることが欠如してきているような気がいたします。

「自分の常識は世間の非常識」などともいわれていますが、今一度とらわれによって迷いの中にある私たちの心の垢を洗いなおすことが必要です。

今年は卯年、文殊菩薩は卯年生まれの方の守り本尊とされています。年男・年女に該当される方もそうでない方もどうぞこの一年、文殊菩薩の智慧の剣のように自身の迷いを断ち切り、しっかりと物事を判断して自身のため、他人のために善行に努めていただきたいものです。