「親孝行」

 

むかしは、親が子に言う決まり文句であった「石に布団ふとんは着せられぬ」ということわざがよく使われていました。墓石に布団を着せて親孝行するわけにはいかないという意味でありますが、親の死後、親孝行しなかったことを後悔される方は多いことでしょう。最近では、親子関係が希薄きはく化している話さえしばしば耳にするようになりました。私たちは、親への恩徳おんどくについてよく考えねばならないと思います。

お大師様が記された文に次のような句があります。

 「林烏りんうなお反哺はんぽを知る。尤霊いうれいあに遺忘いぼうせんや。」
    (林のからすも、親のやしないの恩にむくいることを知っている。万物ばんぶつ霊長れいちょうたる人間がどうして親の恩を忘れることができようか)

この文中に出て来ます反哺はんぽとは、からすの習性で、成長した小烏こがらすえさを探してきては親烏おやがらすに分け与えて、養育の恩に報いる行為を意味します。即ち、子の親への孝行を表し、私たち人間は、猶更なおさらそのことを忘れてはいけないことであるとお大師様は申しておられます。

からすにさえ、そのような心が宿っているのですから、私たち人間に、親への恩徳の心が備わっていないはずはありません。ただそれが煩悩ぼんのう多き世間に暮らすうち、私たちの心中しんちゅうの泥に埋もれてしまっているのかもしれません。

これから全国でお盆を迎えると同時に蓮の季節にもなります。大覚寺の大沢池においても美しい蓮の花が咲くことでしょう。泥の中から咲く蓮の花のように、私たちの心に本来備わっている親への恩徳の心を素直に言葉や形として花咲かせることが親孝行となって行くのではないでしょうか。

墓石に布団は着せることはできませんが、亡き親のために香を焚き、供物くもつを供え、合掌礼拝することもまた親孝行の一つの在り方でしょう。

 

※参考文献
筑摩書房『弘法大師空海全集』第六巻 四九八頁 続遍照発揮性霊集補闕鈔 巻第八