2017年7月12日 | 戊戌だより
来る平成30年に嵯峨天皇宸翰勅封般若心経1200年戊戌開封法会をお迎えする祝縁をもって、「秘鍵大師全国ご巡錫」を執行致しております。
本年の6月20日に大覚寺に於いて、ご巡錫奉送式を行ったのち、6月21日より関東教区にてご巡錫を致しております。
7月4日茨城県神栖市にございます、万徳寺さま(岩堀法道ご住職)に「秘鍵大師ご尊像」がご巡錫をなされました。
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お出迎えのようす
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お祀りされる秘鍵大師さま
万徳寺さまでは、7月4日に、ご住職をはじめ、檀信徒の方々、園児のみなさまで秘鍵大師さまのお待ち受け法要が執り行われました。
先ず、ご住職よりご法話があり法会がなされました。法会の後、ご住職より檀信徒、園児のみなさま一人ひとりに秘鍵大師劔のお加持が行われました。
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法話のようす
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法会のようす
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秘鍵大師劔によるお加持
今後、中国教区では9月下旬~10月10日にかけてご巡錫なされ、また、福岡教区では、10月12日~10月16日にかけて、ご巡錫なされます。
2017年7月4日 | 戊戌だより, 新嵯峨野物語
「新嵯峨野物語」第二十八話が、月刊「嵯峨」7月号に掲載されました。
冒頭一部をご紹介致します。
第二十八話「さらば、夢追い人たち」
承和八年(八四一)ともなると、仁明帝もすでに三十歳を越えていらっしゃるのですが、治国治政ということでは、次々起こる諸問題を処理していくには未熟な点が多すぎます。かつて困難を乗り越えるのに、有能な太政官を上手に使われた嵯峨太上天皇のように、人心の把握、統率ということで、卓越した力を発揮するようなことはできません。そんな中で時の経過と共に目立った存在になってきていた藤原氏は、次第に官衙での主導権を握るようになってきていたのです。政庁の微妙な変化に敏感な官人たちの中には、皇族を差し置いて何かにつけて指図をし始めてきている藤原氏には、徐々に不満を抱く者が増えつつありました。
続きは月刊「嵯峨」7月号にて掲載しております。
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