「新嵯峨野物語」第三十話が、月刊「嵯峨」9月号に掲載されました。
冒頭一部をご紹介致します。
第三十話「王朝の終焉と復活(上)」
文徳天皇は即位した後、皇太子問題を早急に解決したかったのですが、右大臣藤原良房の娘明子が第四皇子の惟仁親王を誕生させたのがきっかけで、第一皇子の惟喬親王を擁立することに反対されてしまったために、嘉祥三年(八五〇)も数カ月が過ぎているというのに、依然として日嗣皇子は指名できないでいました。
父の祖霊仁明天皇も蒲柳の質といわれていた人であったために、公卿たちとの交遊を楽しむこともなさいませんでしたので、これまでの慣習に慣れた者たちにとっては、大変付き合いにくい方でした。
それだけに今上は誠実に為政に取り組もうとする姿勢を示していらっしゃったのですが、そんなところへ、右大臣はまだ生後九カ月にしかならない惟仁親王を皇太子にするべきだと迫ってくるのです。
朝廷とその周辺には、俄かに皇太子問題が話題になり始めてしまいました。
続きは月刊「嵯峨」9月号にて掲載しております。
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