戊戌だより

「新嵯峨野物語」第二十五話紹介

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「新嵯峨野物語」第二十五話が、月刊「嵯峨」4月号に掲載されました。

冒頭一部をご紹介致します。

第二十五話 「忍び寄る乱世の跫音」

嵯峨太上天皇との親交があって、朝廷との関わりも深かった空海大僧都が遷化されて、臣民の身近な心の拠りどころが失われてしまった上に、時は容赦なく時代の息遣いも姿も変えていきます。承和二年(八三五)四月のことです。仁明帝は新たな時代の変化によるさまざまな変化を考えられて、次のようなことを発表致しました。「『易経』に上を損じて下を益すれば民が喜ぶとあり、安らかで倹しくすることが礼に適っている。王者はこの原則に従うことで、古今一致している。朕は才能がなく愚かであるが良き在り方に従い斉えようと思う。おごりをやめ倹約に努めたいというのは、早くからの朕の気持ちである。今いる朕の子には親王号を避けて、朝臣姓を与えることにする。嵯峨太上天皇は限りない御恩の上にさらに恩沢を加え、子を一様に源氏とし世々別姓を設けず本流も分派も同様とした」(続日本後紀)朝廷の内にもかなり源氏を名乗る者が入り、皇族の援護ができるようになっていましたから、今上は嵯峨太上天皇の為政を受け継ぐことを強調して、公卿たちに不安感を抱かせないようにしていらっしゃいます。

続きは月刊「嵯峨」4月号にて掲載しております。

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