淳和天皇太后慶讃法会厳修【徳島教区】
4月16日の記念法会五座目には山川猊下を御導師に徳島教区・鳴門司所・徳島司所・池田司所・寺族婦人による「淳和天皇太后慶讃法会」が奉修されました。法会は総礼、奠供[供華]、般若心経、慶讃文、後讃、諸真言、廻向の次第にて執り行われました。
淳和天皇太后慶讃法会 敬白文
謹み敬って真言教主大日如来 両部界会諸尊聖衆殊には嵯峨天皇尊儀 弘法大師 当山鎮守五社明神総じては尽空法界一切三宝の境界に白して言さく
夫れ以れば当山は国家護持 心経寫経の根本道場にして嵯峨御流の花開き その源を遡れば嵯峨天皇を祖とする勝地なり 爾来平安の昔から令和の現在に至るまで法灯連綿として消ゆることなし 令和六年には大覚寺の往古の姿を再興せんと欲し大沢池に名古曽橋を竣工し 旧嵯峨御所の景観を未来に継ぐ 又令和七年東京国立博物館において「旧嵯峨御所大覚寺百花繚乱御所ゆかりの絵画」特別展が開催されるや 天皇皇后両陛下並びに愛子内親王殿下の行幸啓 高円宮妃久子殿下御来臨を賜り十九万人もの来場者があり無魔成満す
今茲に大覚寺寺号の歴史を尋ぬるに貞観十八年 西暦八七六年に嵯峨天皇の皇女であり淳和天皇の皇后であられた正子内親王は奏請の文に 嵯峨院は昔嵯峨天皇ご退位の後過ごされた地 然るところ星霜移りて三十有余年建造物の修繕を加えて雨露を凌ぎ 昔の余哀を尋ね想い 終焉を此の地で迎えんと欲す 以来 尊像 禅経を備え 鐘磬 香花を安置し伽藍の景観を整う 願わくは道場とし名号惟れ新たに称して大覚と曰わんと思う 真如法性の因により自利利他を共に成し遂げんと
これをもって清和天皇は宜しく太皇の御願に随い額を賜い大覚寺と曰う天下に頒かち行へと勅をす 大覚寺の寺号を賜りて令和八年には正に一千百五十年の春秋に当れり
爰を以て大覚寺派徳島教区 浄侶を屈請じて法会を営み 徳島教区寺族婦人会 嵯峨御流鳴門 徳島 池田各司所門人は菊花を捧げる
仰ぎ願わくは淳和天皇太后正子内親王の恩徳に酬い奉り 我らが敬慕と謝徳の念を納受したまわんことを
重ねて乞う
国家安穏 万民豊楽 風雨順次
五穀豊饒 伽藍静謐 天下泰平
乃至法界 平等利益
維時令和八年四月十六日
大本山大覚寺門跡
真言宗大覚寺派管長
山川龍舟 敬白
- 16日 徳島教区 法会の様子
- 16日 寺族婦人会、鳴門・徳島・池田司所による供華の様子
- 16日 徳島教区 慶讃文捧読
- 16日 徳島教区 参列者の様子
- 16日 徳島教区出仕者集合写真




