嵯峨天皇奉献華法会厳修
嵯峨天皇奉献大華道祭に引き続き寺号勅許千百五十年記念法会が4月12日より奉修されました。12日の開白座では高円宮妃殿下のご臨席を賜り、山川龍舟門跡猊下を御導師に近畿教区による嵯峨天皇奉献華法会が執り行われました。
嵯峨天皇奉献華法会慶讃文
謹み敬て蓮華蔵世界教主摩訶毘盧遮那仏、両部海会諸尊聖衆、殊には当山本尊五大明王を始め、嵯峨天皇尊儀、高祖大師遍照金剛、開山恒寂入道親王尊儀、五社大明神等、尽空法界一切三宝の境界に言して白さく
夫れ伏して惟みれば、堂塔伽藍を建立するは仏法久住の勝計なり、仏陀教法の使命とする処は、衆生心海の昏夜を照らし、其の苦障厄難を抜済するにあり、果たして然らば、造塔建寺の盛挙たるや、人間浄業中の浄業と称するも、毫か過言に非ざる也、
故に天竺の須達長者は祇園精舎を建て、頻婆沙羅王は竹林蘭若を構へて、釈迦牟尼世尊に供養す、唐土の文帝は霊感を築き、青龍の密印を長安に宣ぶ、彼の浄行は日域に於いても亦同じく、歴代の皇帝后妃東宮親王、仏塔僧舎を修建して、自他現当の福徳を充つ、爰に皇洛の西、嵯峨野に一の仙洞あり、蓋し是れ、弘仁の聖帝、往に経始し給うの勝地なり、春花秋葉、陰陽の躰、造化、妙を尽くし、清友延年の粧ひ、眼に感ずる。正に青山白水の雅境と称すべきを乎、
淳和太后、皇考の遺恩に謝せんが為、終焉の此の地を護らんが為、彼の宮を道場と為し、大覚と称することを願ひ給ふ、太后の御願に随ひ、貞観十八年、勅額を賜りて大覚寺と号す也、
開山恒寂入道親王尊儀は、蓋し是れ嵯峨天皇の皇孫にして、刹利十善の宮を出でて、金剛瑜伽の門に入る、聡明穎悟、群を抜き、念誦修観儔を絶つ、法雨の徳は峯巒よりも高く、綜芸の業は松柏よりも茂し。
爾来幾星霜、人移り物変わると雖も、五智の法水洋々として庭湖に湛え、舎那の慈光赫々として、峨峯に輝く、忝くも余暉を仰ぎ、遺沢に浴する輩、誰か報恩の精誠を抽んで不らん乎、今茲に寺号勅許一千百五十年に当たり、宝前に百花を献じ香茶珍饌を奠ず、末学貧道たる吾等、般若妙典を転読し秘密神咒を諷誦し奉り、微衷の赤誠を捧げて勝縁の値遇を喜ぶ
冀くは、見聞の道俗悉く菩提心を培養して、以て恩徳に答え奉り、等しく密厳の浄刹に登らんことを
重ねて乞う
国家安穏 万邦協和 風雨順時 五穀豊穣
伽藍静謐 興隆仏法 乃至法界 平等利益
維時令和八年四月十二日
大本山大覚寺門跡
真言宗大覚寺派管長
山川龍舟 敬白
なお、記念法会は19日まで奉修されました。法会内容は次の通り。
詳しくは、6月に掲載させていただきます。
| 12日開白座 | 「嵯峨天皇奉献華法会」 | 近畿教区 |
| 13日 | 「歴代門跡慶讃法会」 | 九州第一教区 |
| 14日 | 「菅原道真公慶讃法会」 | 福岡教区 |
| 15日 | 「清和天皇慶讃法会」 | 中国教区 |
| 16日 | 「淳和天皇太后慶讃法会」 | 徳島教区 |
| 17日 | 「勅封心経慶讃法会」 | 関東教区 |
| 18日 | 「有縁尊霊精霊(物故師範)供養法会」 | 青年教師会 |
| 19日結願座 | 「恒寂親王慶讃法会」 | 四国第一教区 |
- 寺号勅許記念法会 12日「嵯峨天皇奉献華法会」近畿教区 修法される山川猊下
- 寺号勅許記念法会 12日「嵯峨天皇奉献華法会」近畿教区 教区長による慶讃文捧読
- 寺号勅許記念法会 12日「嵯峨天皇奉献華法会」近畿教区 出仕者焼香


