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寺号勅許千百五十年記念法会【18日】

有縁尊霊精霊(物故師範)供養法会厳修【青年教師会】

4月18日の記念法会七座目には山川猊下を御導師に本山青年教師会による「有縁尊霊精霊(物故師範)供養法会」が光明真言法により奉修されました。法会は総礼伽陀、唄、散華・対揚、五悔・唱礼、前讃、光明真言行道、願文、後讃、廻向、光明真言伽陀、廻向伽陀、称名礼の次第にて執り行われました。

寺号勅許千百五十年記念法会
有縁尊霊精霊(物故師範)供養法会 願文

 謹み敬って真言教主大日如来 両部界会諸尊聖衆 殊には本尊聖衆五大明王 当山鎮守五社明神 別しては高祖大師を始め奉って 三国伝灯諸大阿闍梨 先師尊霊歴代尊儀 総じては尽空法界一切三宝の境界に白して言さく
 夫れ惟みるに 当山は平安の昔 嵯峨天皇の仙洞御所 離宮嵯峨院を基とす 星霜を経て 嵯峨天皇皇女にして淳和天皇の皇后たる正子内親王はご出家なされ 臺榭壊れ修葺を加え 僅かに風雨を避く嵯峨院にて 嵯峨 淳和両先帝の菩提を弔い給う 然るに追慕の念 甚だ深く 自他共に利益せんがため 寺観を整え名号改変を発願し 奏請の文を上奏す これをもって貞観十八年清和天皇より「大覚寺」の寺号を賜る 爾来 恒寂入道親王を開山として 時に内政 時に戦火 時に天災と数多の困難に直面するも 歴代先師御教えを守り絶えず歩み 法灯を途切れることなく連綿と伝え 真言密教の興隆 いけばな嵯峨御流をはじめ文化芸能の発展の中心の地とし 華と心経の寺として信仰を集め栄えるなり
 殊に嵯峨天皇は仏法に帰依し 弘法大師は勅によりて五大明王を彫刻して院内に祀り 鎮護国家を祈念し給う 弘仁九年 悪疫蔓延し万民苦しむところ 嵯峨天皇は一字三礼の誠を尽くして般若心経を浄書し 天下の悪疫を払うなり 然る後 五柱の天皇もこれに倣い 紺紙金泥を宸筆に染めて般若心経を浄書し給う 今もなお 勅封心経として奉安し 万民の安寧を見守るなり これ心経写経の根本道場たる由縁なり
 更には大沢池菊ヶ島に咲く菊を手折られ 殿上の花瓶に挿されしところ 「天・地・人」の三才の美を備え 「後世花を生くるものは 宜しく之を以って範とすべし」と仰せられる この叡慮を以って嵯峨天皇を御始祖と仰ぎ いけばな嵯峨御流の由縁とす 殊に中興後宇多法皇の発せられる「永宣旨」に依って 芸術・学問等各分野に称号・許状を与える総司所となる これにより 嵯峨御流は先人代々伝統と技を継承し 国の内外百三十余りの司所を有し 平成三十年には創流千二百年を迎えるなり これひとえに 嵯峨天皇の山水草木への慈悲心を尊び 「花即宗教」の教えを相承せられた先徳師範等の功績なり
 本日茲に 大覚寺寺号勅許(開創)一一五〇年の勝縁を迎え 大覚寺御影堂において 青年教師会が諸役を務め 当山有縁の各霊菩提の為に 一座の光明真言三昧法会を厳修し 光明真言の功徳をもって滅罪生善 離苦得楽を至心に祈願し奉る
 仰ぎ願わくは当山歴代尊霊菩提 物故師範精霊菩提 我等が真言末徒の追慕の念を納受し哀非垂れ給い 更には 大覚寺派青年教師会が 歴代写瓶の如く受け継がれし伝統と歴史を 先の青年僧に継承し 社会教化に寄与せんが為に 学び親睦の場として長く隆盛し給わんことを
 重ねて乞う
 玉体安穏 宝祚無窮 世界平和
 万民豊楽 密教紹隆 山内静謐
 乃至法界 平等利益

維時令和八年四月十八日
大本山大覚寺門跡
真言宗大覚寺派管長
山川龍舟 敬白