NEWS 1150

「名古曽橋」竣工法会・開通式典

北野天満宮の清祓式も

大覚寺寺号勅許(開創)1150年記念事業の一環として、令和3年より鋭意準備が進められてきた「名古曽橋なこそばし」がこの度完工し、竣工法会・開通式典が2月6日に挙行されました。

当日午前11時、大沢池天神島の天神社御神前で、大覚寺と歴史的にご縁の深い北野天満宮による竣工清祓式が斎行され、山川龍舟門跡猊下、神原孝至北野天満宮権宮司をはじめ、大覚寺派・大覚寺の諸役、嵯峨御流、嵯峨美術大学の関係者など24名が参列。修祓、斎主一拝、献饌、祝詞奏上に続き、神楽が奉納され、玉串奉奠、撤饌、斎主一拝と次第しました。

その後、名古曽橋前に場所を移し、大覚寺による竣工法会が奉修されました。洒水の後、伊勢俊雄執行長が慶讃文を奉読し、御法楽が唱えられました。

大覚寺寺号勅許(開創)一一五〇年
大沢池・名古曽橋竣工慶讃文

謹み敬って真言教主大日如来、両部海会諸尊聖衆、殊にわいては嵯峨天皇、弘法大師、禅定法皇ぜんじょうほうおうを始め奉り、歴代の尊霊そんりょう、五社明神、天神地類、仏眼所照しょしょう、一切三宝の境界に白して曰さく
伏しておもんみるに、平安の御世、嵯峨天皇は離宮を嵯峨院に定め給い、弘法大師を請じては院内に五大明王を祀り鎮護国家を祈念し給う。しかるところ星霜せいそう移りて三十有余年、淳和皇太后と皇子恒寂入道親王ともに篤く御願ぎょがんあらせられ、この先帝せんてい遺構いこうを三宝に捧げて精舎とすべく、菅丞相かんじょうしょうをして起草せしめ給う。貞観十八年、清和天皇より太后の御願叶え給い、額を下賜して大覚寺と称す。天下に頒行はんこうせよと詔勅しょうちょくを下し、恒寂入道親王が大覚寺開山の祖となられ給う
この大覚寺寺号勅許の始めより数えて一一五〇年の吉祥年を令和八年に迎えるに当たり、今茲に名古曽橋を新たに造営し、本日、無魔完成を見るに至りしは、嵯峨天皇をはじめ歴代天皇、高祖弘法大師の御冥護ごみょうごは基より関係各位のゆまざる精進の結晶なり
依ってここに、有難くも、当山俗別当に奉職せられし菅原道真公のご法縁により天神島と命名され天神社を祀る由縁を以て、御祭神ごさいじんとして祀る天満宮、天神社の総本社であらせられる北野天満宮より神原孝至かみはらたかし権宮司殿による直々の御出座にてご祈祷を捧げ賜り、とこしなえに名勝地の継承と繁栄を祈念す
本日茲に瑞色景明ずいしょくけいみょう吉辰きっしんぼくし朝野の貴紳と共に竣工の式典を挙げ、嵯峨天皇、歴代尊儀、高祖弘法大師、天満天神の鴻恩こうおんに報い奉らんとす。仰ぎ願わくは両部海会の諸尊聖衆を始め奉り五社鎮守、末徒の微志びしを哀愍納受し寺門、並びに北野天満宮の紹隆しょうりゅうを擁護し給わんことを
 重ねて乞う
 今上陛下 宝祚無窮 令法久住 利益人天
 風雨順時 五穀豊穣 天下泰平 四海静謐
 乃至法界 平等利益

維時令和六年二月六日  
大本山大覚寺門跡  
真言宗大覚寺派管長 
山川龍舟 敬白

 

続く開通式典では、京都府市の関係者も合わせて45名が参列。伊勢執行長から「今般の名古曽橋の再現・開通は、時代を遡りまして平安初期、嵯峨天皇がこよなく愛されたこの嵯峨の地に離宮を造営されたことに端を発します。嵯峨天皇は淳和天皇に譲位の後、この離宮嵯峨院を仙洞御所として檀林皇后と共にお過ごしになられました。嵯峨天皇の皇女であり淳和天皇の皇后となられた正子内親王は、淳和天皇が崩御された後に出家され、嵯峨上皇が崩じられてからは、両先帝の菩提を弔いながら過ごされましたが、月日と共に傷んだ嵯峨院を修繕しつつ、尊像を安置し香華をまつり徐々に寺観を整えられ、正式なお寺にしたいと発願なされました。御願上表に当たっては、菅原道真公の起草文を基とした奏請の文を上奏され、貞観18(876)年2月25日、清和天皇より『太后の御願の通り、額を賜い大覚寺と称す。天下に頒行せよ』と詔勅され、嵯峨天皇のご皇孫であられる恒貞親王がご出家され恒寂入道親王と号して大覚寺開山の祖となられました。このことから、菅原道真公の多大なるご功績を称える意味でこの島に天神様をお祀りし、この島自体を天神島と呼びならわしております。この度は、このご縁をはじめ歴史上、幾重にもご縁の深い北野天満宮の皆様にご来駕賜った次第です。さて来たる令和8年は、大覚寺として開創されてより1150年を迎えます。この勝縁により多くの参拝者が訪れていただけるように、天神島、そして百人一首にも詠まれている名勝〈名古曽滝跡〉へも足を伸ばしやすいように、大覚寺古絵図に描かれる天神島から名古曽滝跡方面に渡れる橋を架けることで、旧嵯峨御所の景観を未来に継承すると共に、新たな見所として後世に伝えてまいりたいと考えております。なお、開創1150年記念事業のうち、大沢池諸堂修繕としては、すでに仏母心院の濡縁工事が完工し、これから文化庁のご指導を仰ぎながら五社明神等の整備も予定しています。また、記念事業として、来年1~3月には、東京国立博物館で『(仮称)大覚寺展』を開催すると共に、創流1200年を超える由緒ある嵯峨御流の更なる活性化施策等、引き続き皆様と共に法灯護持並びに記念事業の推進に努めてまいりますので、関係各位のご指導ご鞭撻を切にお願い申し上げます」と挨拶が述べられました。

来賓祝辞では、神原権宮司、山下晃正京都府副知事、門川大作京都市長、谷亮弘大覚寺派宗会議長よりそれぞれ祝辞を頂戴しました。

続いて、名古曽橋を施工した大覚寺御用達の宮田工務店へ感謝状が授与された後、山川門跡猊下、神原権宮司、山下副知事、門川市長、日向信和文部科学省審議官の5名によるテープカットが行われました。

最後に、北野天満宮神官の修祓を先導に、山川門跡猊下、神原権宮司が渡り初めされ、正午過ぎに開通式を終了しました。

竣工した名古曽橋は長さ15m、幅2mの鉄骨造り木曽桧仕上げ。鎌倉時代の古絵図からすると約700年ぶりに天神島の北側に架橋されました。

従来は多くの拝観者が、天神島か名古曽滝跡のいずれかのみを参拝されていたところ、この名古曽橋の竣工により名勝「大沢池附・名古曽滝跡」の眼目である名古曽滝跡への導線も整備され、より周遊性の高まることが期待されます。