般若心経秘鍵に学ぶ~⑬~

般若心経秘(はんにゃしんぎょうひ)鍵(けん)に学ぶ⑬

 

 平成三十年に、大覚寺ご始祖(しそ)嵯峨(さが)天皇さまが、国民の安寧(あんねい)を祈願(きがん)して浄写(じょうしゃ)された勅封(ちょくふう)般若心経千二百年の節目を迎(むか)えるにあたり、般若心経の功徳(くどく)を讃(たた)え、その霊験(れいげん)を仰(あお)ぐべく、前号に引き続きましてお大師さまの著作(ちょさく)である『般若心経秘鍵』のお言葉に触れていきたいと思います。

 ~一(いち)字(じ)一文(いちもん)法界(ほっかい)に遍(へん)じ 無終無始(むじゅうむし)にして我(わ)が心分(しんぶん)なり~

 

 右の般若心経秘鍵の一節(いっせつ)は、お大師さまの般若心経に対する讃嘆(さんだん)の御言葉(おことば)で「般若心経の一字一文は仏(ほとけ)さまの世界に遍満(へんまん)して、終わりも始めもなく私の心(こころ)の中にある」と申されています。

 この一節にでてくる法界とは、真理(しんり)の世界で仏さまの世界を意味します。皆さまがお書きになられている般若心経の一文(ひとも)字(じ)一文字(ひともじ)はただただ願いを込めて読誦(どくじゅ)・写経(しゃきょう)しているだけではなく、それは満天に煌(きら)めく星のように仏さまの世界に遍(あま)ねく満ちみちていて、さらにその仏さまの大宇宙のごとき、きらびやかな世界は、私たちの心の中にあるというとても壮大(そうだい)な世界観をお大師さまはご教示(きょうじ)されています。私たちは仏さまの教えやその世界が、あたかもどこか遠いところにあるように思ってしまいますが、その答えをすでに般若心経秘鍵のなかで述べられています。以前このシリーズのVol.②でご紹介しましたが、再度記(しる)します。

 

 ~夫(そ)れ仏法(ぶっぽう)遥(はる)かに非(あら)ず、心中(しんちゅう)にして即(すなわ)ち近(ちか)し~

 お大師さまは、その答えとして「仏さまの教えは遥(はる)か彼方(かなた)の遠いところにあるのではなく、私たちの心の中というとても近いところにある」と申されています。人が亡(な)くなれば僧侶が丁重(ていちょう)に読(どっ)経(きょう)するお葬式(そうしき)をして、故人(こじん)はご先祖(せんぞ)さまのおられる幸せな仏さまの世界におもむかれる、そのようなイメージが一般的かもしれませんが、単なる生(い)き死(し)にを越(こ)えた、終わりもなければ始まりもない仏さまの教えや世界が私たちの一番近いところ、すなわち心の中にあると申されているのです。

 簡単に実感できませんが、それは、私たちの「心のありよう」によります。心が明るく満たされていれば仏さまのような世界を観じることができましょうし、逆であれば生きながらにして地獄(じごく)の苦(くる)しみを味(あじ)わっているような気持ちになることさえあるのです。私たちが般若心経を読誦・写経するとき、およそどのような気持ちでするでしょうか。そこには懺悔(さんげ)の気持ちがあったり、今ある自分への感謝の気持ちであったり様々(さまざま)でしょう。また、その願いは自分や他人の不幸(ふこう)ではなく、幸(しあわ)せを願ってのものでしょう。そのような皆さまの幸せを祈る温(あたた)かな「心のありよう」は仏さまになる種(たね)ということができます。皆さまの温かな願いが込められた般若心経の一文字一文字はその種に栄養(えいよう)を与(あた)え、やがて夏に咲く蓮のように美しい花を咲かせるはずです。美しい蓮や夜空に輝く星を見ると気持ち安らぐように、写経の功徳による安らぎが心のなかに広がり満ちている状態がお大師さまの申される法界といえるでしょう。

 また「心」は、「ココロ」だけでなく、私たち生(い)きとし生(い)けるものにとって重要な臓器(ぞうき)である心臓(しんぞう)という

意味があります。心臓は私たち命(いのち)の象徴であります。自分を含(ふく)めたすべての命を大切にして心(こころ)豊(ゆた)かに生きることは、心に美しい花を保つための栄養となり、星が輝くための原動力となるのです。

 お大師さまが申されている「心分(しんぶん)」には、そのような温かな「心」と命の象徴としての「心」の二つの意味があるのではないでしょうか。皆さまご承知のように千二百年前に都に疫病が流行したとき、大覚寺ご始祖(しそ)嵯峨(さが)天皇さまは、国民の安寧(あんねい)を祈願(きがん)して般若心経を浄写され、その霊験によって多くの人々の命が救われたと伝えられております。お大師さまがご教示になられたこの二つの「心」は嵯峨天皇さまがお写経に込められ『大御心(おおみこころ)』として平安の世(よ)を遍く光で満たしたにちがいありません。